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庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

川上未映子による村上春樹インタビューの秀逸さ - MONKEY Vol.7 古典復活

村上春樹さんへのインタビュー「優れたパーカッショニストは、一番大事な音を叩かない」が載っているというのでこの雑誌を買いました。春樹さんとも親交の深い柴田元幸さん責任編集。インタビュアーは川上未映子さん。2008年に「乳と卵」で芥川賞を受賞した作家さんですね。このインタビューがかなり愉しくまた考えさせられる秀逸なものだったのでご紹介します。



愛読者ならではのインタビュー

まず、川上さんは春樹さんにインタビューするのにうってつけの方のようです。1995年に兵庫で行われた朗読会に2回とも参加しているというのです!1回だけでも相当レアな経験だと思うのですが、それを2回とも。春樹さんも驚いていらっしゃいました。それだけ熱心な(そして運も良い)読者だということですね。

そのためでしょう、春樹作品を愛読しその内容と変遷を熟知していないとできない質問が多いのです。これがよかった。いくつかメモします。



川上:一人称から三人称組み替わっていった村上さんの変化は、一読者としての私にとっても大きいものでした。そこであえて伺いたいのですが、三人称を獲得することによって、失われてしまったものはありますか。

ずっと一人称小説を書いてきた春樹さんが「海辺のカフカ」から三人称を取り入れてきたことについてですね。ここで「どうでしたか」「何が変わりました」とかではなく「失われてしまったもの」について尋ねるのが見事だし、なるほどと感じました。

春樹さんの回答も興味深いものでした。曰く、春樹さんと主人公との年齢の乖離と、小説が大きくなることによって「僕」視点で切り取られる世界と三人称で切り取られる世界とすり合わせが難しくなること、総じて「昔は自然だったけど、もう自然ではなくなってしまった、ある種の状況」という回答をされています。まあでもこれは春樹さんファンなら原文を読んでいただいたほうがよいと思います。



他にも、こんな質問が。

川上:村上作品を巡る読者は・・・面白い何かを外に取りに行くっていう感じじゃなくて、そこに行けば大事な場所に戻ることができる、みたいな感じでしょうか。

そのとおりですね。私自身も、物語を愉しむというのも大いにあるけど、まさに「大事な場所に戻る」あるいは自分の精神の奥深くに降りていく、それができるから春樹作品を読んでいます。



川上:村上さんは「物語にはうなぎが必要」であり、「困ったら、うなぎに相談する」と常々おっしゃっているんですが、最初にそれを読んだとき、「ほんとは全部わかって書いているのに、またうなぎとか言ってる!何にも決めないで、あんな小説書けるわけないじゃん!」とか思ったりしたこともあったんですけれど(笑)、違うんですね。村上さんは、本当にうなぎに相談しているんです。

そうそう!春樹さんの公開インタビューに参加した後、英語の先生(スコットランド人で春樹さんファン)に「ムラカミは何も決めずに書いているらしい」と話したときもまったく同じ反応でした。「『海辺のカフカ』なんか最後はぴったり世界がつながるじゃない。あんなの何も考えずに書けるわけないわよ」と。世界共通の反応なのかも・・・

春樹さん自身もこのインタビューで「羊男なんて変なものを出すつもりはなかったんです。・・・『羊男』に関しては唐突に、完成品の形でぽんと出てきたんだよね。天から降ってくるみたいに。肉付けとか、そんなの関係なく。」とおっしゃっています。

参考:春樹さんの公開インタビューに参加したときのメモ



川上:バー「麦頭」の方は?あれ、何なんですか(笑)?私、この名前がすごく好きで。
村上:「麦頭」、あれはどうやって思いついたのかな?よく覚えてないですね。でもあれがもし「白樺」とかだったらつまんないよね(笑)。

このへんの会話も、ファンとしては楽しいし「川上さんよく訊いてくれました」と拍手を送りたいです。


小説家は社会的な発言をしていくべきか

一方で、考えさせられたというか、今私も(小説家ではないけど)考えていることだし春樹さんに訊いてみたかった!聞いてくださってありがとう!と感じたのがこの質問です。

川上:村上さんが、デタッチメントの姿勢をとることが、当時ではある意味、より深いコミットメントになるような選択だったわけですよ。でも私たちが今、身を置いているデタッチメントの姿勢は、村上さんのようなリスクをとろうとしない、ただリスクを回避するだけの「浅いデタッチメント」ではないかと。もちろんこういう問題は、最終的にはみんなそれぞれ好きに選択すれぱいいと思うけど、これからの小説家、今二十代から四十代にかけての作家たちは、社会とどういうふうに関係を取り結んでゆくべきだろうかと・・・

川上さんがおっしゃるように、初期の春樹作品はほんと「デタッチメント」で、社会や現実から遊離しているような感覚がありました。春樹さんの作品がしっくりこない、あるいは嫌いな方は、そのあたりが「ふざけてる」ように感じられたのかもしれません。正直、私もそう感じたことがあります。

それが「ねじまき鳥クロニクル」あたりから「コミットメント」になっていく。事象に深くかかわり、正面から向き合い、魂の奥に降りていく。「アンダーグラウンド」やその続編では、オウム真理教のテロ被害者・遺族、そして信者に直接インタビューまでするわけです。また、春樹さん自身もエルサレム賞カタルーニャ国際賞のスピーチなどで社会問題へのコミットを行っています。そんな春樹さんの応えは・・・

村上:デビューの頃、僕が社会的発言をあまりしたくないと思っていたのは、第一に、学生運動の頃の、言葉が消耗されてまったく無駄に終わってしまった事への怒りみたいなものが強くあったからです。

なるほど、たしかに春樹さんはよく60年代末の学生運動への失望について発言されています。しかし。

村上:ある程度直接的なことをもっと言うベきだと思う。そろそろそれをするべき時期が来ていると思う。考えていることはあるんだけど、少し時問はかかるかもしれない。
川上:今日は、村上さんのその言葉を聞けただけでも・・・
村上:バブルの崩壊があって、それから神戸の地震があって、3.11があって、原発の問題があった。それらの試練を通して、僕は、曰本がもっと洗練された国家になっていくんだろうと思っていたわけ。でも今は明らかにそれとは正反対の方向に行ってしまっている。それが、僕が危機感を持つようになった理由だし、それはなんとかしなくちやいけないと思う。

私も、この言葉を聞けてよかったと思いますし、川上さんはよくこの言葉を春樹さんから引き出してくださった、と思います。


川上未映子さん自身は・・・

実は私が川上さんの文章に初めて接したのは、この「MONKEY」を読む少し前でした。こちら↓です。

川上未映子のびんづめ日記(連載バックナンバー) | 日経DUAL

サントリーのワインのPRの一環なのですが、一読していただければおわかりいただけるように、内容は川上さんの子育てを巡る真摯なエッセイです。ご自身や家族・環境だけでなく、社会への問いかけ・コミットも含まれています。

これ、15年12月に連載が始まっています。そして春樹さんへのインタビューは2015年7月実施。インタビューでの春樹さんの言葉が影響しているのでは?というのは考えすぎでしょうか。まあもともと赤ちゃんについてのエッセイも書いていらしたらしいのですが。


あと、川上さんは上記インタビューで春樹さんに「(村上さんの文章そのままの真似は)書けないし、またそれだと書く意味もないですよね。」と話しています。では川上さんの小説ってどんなのかなと思って「乳と卵」を読んでみました。こんな文章でした。

まずあんたのそのわたしに対する今の発言をまず家に帰ってちくいち疑えっつの。それがあんたの信条でしょうが、は、阿呆らし、阿呆らしすぎて阿呆らしやの鐘が鳴って鳴りまくって鳴りまくりすぎてごんゆうて落ちてきよるわおまえのド頭に、とか云って、なぜかこのように最後は大阪弁となってしまうこのような別段の取り留めも面白みもなく古臭い会話の記憶だけがどういうわけかここにあるのやから、やはりこれはわたしがかつて実際に見聞きしたことであったのかどうか、さてしかしこれがさっぱり思い出せない。

おもろい。なんやねん「阿呆らしやの鐘」ってwww リズム最高。関西人の私にはとてもしっくりきます。いや、関西弁ということだけじゃない、なんやようわからん味がある。一方で、まあ全編こんな調子なので、いやなひとはいやでしょうね。実際、amazonのレビューでも好き嫌いははっきりわかれているようです。まあでもたしかに春樹さんの文章にはまったく似ていないですね。


「MONKEY Vol.7」他の内容

ちなみにこの「MONKEY」、他にも春樹ファンには見逃せない内容が他にもあります。

  • 村上春樹+柴田元幸「帰れ、あの翻訳」(絶版になった海外翻訳小説と小説家についての対談)
  • 復刊してほしい翻訳小説100(村上春樹、柴田元幸選)
  • 村上春樹訳・ジャック・ロンドン「病者クーラウ」

まさにこの記事がきっかけでジャック・ロンドンを読んでみました。



さらに、個人的にはこれも見逃せない。

  • カズオ・イシグロ+土屋政雄「カズオ・イシグロ、自作を語る」司会-柴田元幸

春樹さんもイシグロさんの作品は高く評価していますね。個人的に会って話をされたこともあるとか。

(参考:よしてるの読んだイシグロ作品のメモ)



以上のように、読みどころがたくさんの「MONKEY Vol.7」でした。


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