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庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

ビリー・ジョエル「ハートにファイア」の歌詞の意味 その2

1953年

"Joseph Stalin"

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「スターリン死去」

ソ連共産党書記長。靴屋の子として生まれました。「スターリン」は、「鋼鉄の人」を意味する変名で、21歳の頃から使い始めたそうです。粛正による恐怖政治で有名で、身近な側近から一般国民まで膨大な人々を処刑したりシベリア送りにしたりしていますが、その遠因として、若いころの共産主義活動の中で二重スパイなどの仕事をしていたため極度の人間不信に陥っていたとの説もあるようです。

"Malenkov"

ウィキペディア・コモンズ

「マレンコフ、首相に」

ソ連首相。元スターリンの秘書。スターリンの死をうけて首相の座につきました。秘密警察KGB長官を国家反逆罪で追放するなど一時権勢を誇りましたが、最終的にはフルシチョフによって55年2月に首相の地位を追われてしまいます。

"Nasser"

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「ナセル、エジプト王制を廃し共和国に」

ナセルはエジプト大統領。特権階級打倒・イギリス人の追放・王制の廃止を呼びかけ、52年にクーデターを起こしました。結果成功し、エジプト国民から絶大な人気を獲得します。

"Prokofiev"

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「プロコフィエフ死去」

ソ連の作曲家。「ピーターと狼」で有名です。共産党から「目にあまる形式主義者」の烙印をおされた後、自己批判をさせられるなど、音楽史における高い評価の割には様々な迫害を受けていたようです。

"Rockfeller"

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「ネルソン・ロックフェラー、政界の中枢へ」

大富豪ロックフェラーの一族は、この頃社会の様々な分野の要職についています。

例えばこのネルソン・A.ロックフェラーは、この年厚生教育次官に任命され、その他外交問題顧問にもなるなど、アイゼンハワー大統領の側近となります。1955年のアイゼンハワー・フルシチョフ会談でも主要な役割を担ったそうです。その後ニューヨーク州知事も経験、大統領をも目指しましたがそれはかなわず、1974年にフォード大統領の副大統領に就任。美術品の収集や多くの寄付・寄贈でも有名。

その他の「一族」の経歴としては、ネルソンの実弟デイビッド・ロックフェラーはチェース・マンハッタン銀行CEOに、甥のジョン・ロックフェラー4世は上院議員、ウィンスロップはアーカンソー州副知事。息子のマイケルは人類学者でしたが、ニューギニアで行方不明になっています。

"Campanella"

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「カンパネラ、2度目のMVP獲得」

ブルックリン・ドジャースの名捕手、ロイ・カンパネラ。MVPを通算3回獲得していますが、捕手でこの回数というのはきわめて珍しいそうです。当然殿堂入りしており、背番号39は永久欠番になっています。

ところでこの歌、野球選手がよく出てきますね。ビリーはやはり野球好きなんでしょうね。

"Communist Bloc"

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「冷戦時代」

当時、西側は共産圏のことをそう呼んでいたそうです。冷戦まっただ中、という感じでしょうか。


1954年

"Roy Cohn"

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「赤狩り検察官ロイ・コーン、弁護士に転身」

検察官として、マッカーシーの右腕として共産主義者の告発・糾弾の急先鋒として実績を挙げていたロイ・コーン。前述のローゼンバーグ事件でも、被告人(妻のほう)の弟から証言(後に証人が偽証と認める)を引き出し、コーン家旧知の判事を送り込み死刑判決を導き出します。

そのように「活躍」していたコーンですが、この年、マッカーシーが失脚すると弁護士に転身。その後も有力な顧客を持ちニクソンやレーガンの非公式アドバイザーになるなどの力を持ち続けます。1986年、顧客の資産横領などで法曹資格を剥奪された直後、エイズで死去。

"Juan Peron"

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「アルゼンチン、経済危機に」

ホアン・ペロンはアルゼンチン大統領。在任1946~55、73~74年。

1946年、圧倒的な支持で大統領に選出され、労働者寄りの民族主義的政策を推進していきますが、数年後経済危機や労働不安が増大、1955年、軍部によるクーデターで失脚。亡命生活を続けますが、1973年帰国、再選。しかし高齢と病気のため1年後に死去します。

2番目の妻エバは、マドンナが映画で演じて話題になった「エビータ」で、国民から絶大な人気を得ていました。また、慈善団体エバ・ペロン財団の活動などで非公式ながら政府の重要なメンバーとなっていました。

"Toscanini"

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「トスカニーニ、ニューヨークフィル演奏中に倒れる」

今世紀の大指揮者の一人。19歳の時、代役で指揮したヴェルディ「アイーダ」が絶賛され、21歳でイタリアを代表する歌劇場、ミラノ・スカラ座の首席指揮者に就任。37年からは彼のために創設されたNBC交響楽団の指揮者となり、数々の録音を残しました。57年1月16日、ニューヨークで死去しました(この年に彼が倒れた件については、K.Tさんから情報をいただきました。ありがとうございました。)。(2004.4.15)

"Dacron"

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合成繊維「ダクロン」デュポン社にて開発される。

この頃、合成繊維が急速に世の中に普及していったようです。そんな新素材のひとつの例としてダクロンが挙げられたのでしょう。この繊維は吸汗性と水分蒸発性に優れているため、現在でも下着やふとんなどに広く用いられているようです。

"Dien Bien Phu Falls"

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「ディエンビエンフー陥落」

ベトナム北西部、ラオスとの国境近くにある町。ここでベトナム人民軍はフランス軍に対し、54年3月から攻撃を開始し、55日間におよぶ激戦ののち、5月7日に陥落。フランスはインドシナにおける支配を放棄しました。この後休戦協定がむすばれたものの、ベトナムは南北に分断されてしまいます。さらにこの協定に調印しなかったアメリカが南ベトナムの政府を支援するようになり、これが後の「ベトナム戦争」につながっていくのです。

"Rock Around The Clock"

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「ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツ、デッカ・レコードと契約」

ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツの"Rock Around The Clock"は、1955年に全米・全英No.1を記録しているヒット曲ですが、そのチャートでの記録以上に、ロックの創生期を代表する曲として有名です。


1955年

"Einstein"

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「アインシュタイン死去」

相対性理論や光量子仮説などで有名な物理学者。数々の業績は説明不要ですね。晩年は原子爆弾開発をアメリカ大統領に進言したことに責任を感じ、平和運動に参加したことも知られています。前述のローゼンバーグ事件でも、争点となっている原爆機密と言われる書類が実は中味のないものであると主張、ローゼンバーグ夫妻の死刑回避を訴えていました。この年も核廃絶を訴えたラッセル・アインシュタイン宣言を発表。その後腹部動脈瘤破裂によって死亡。

"James Dean"

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「ジェームズ・ディーン、自動車事故で死亡」

「理由なき反抗」「エデンの東」などで活躍した俳優。こちらも説明不要ですね。いつの時代もアイコンであり続けられる人、という感じですね。彼の突然の死は世間に大きな衝撃を与えました。享年24歳。

"Brooklyn's got a winning team"

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「ブルックリン・ドジャーズ、ワールドシリーズ優勝」

ロサンゼルスに移転する前、ブルックリンに本拠地のあったドジャーズがこの年ワールドシリーズで優勝しました(たけぶ~さんから、大リーグの試合のことだとの情報をいただきました。ありがとうございます。)。

"Davy Crockett"

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テレビ番組「デイビー・クロケット」大ヒット

18世紀生まれのアメリカの伝説的英雄・政治家。青年時代は開拓者として狩猟をして過ごしていましたが、アメリカ先住民との戦争に参加したことをきっかけに、政治的野心を持ち、議員になります。

さて、これがなぜ1955年に関係あるのか。実は、彼を題材にしたTVシリーズがこの年ヒットしたようです。

加えて、Kaori C.さんから、興味深い情報をいただきました。この人気TV番組で、デイビー・クロケットが被っていた「尻尾付き」毛皮帽(ビーバー皮だったか、アライグマ皮だったかは不明)が、特に小さな男の子の間で大流行したそうです。未だにアメリカ製テレビドラマに、「時代考証の小道具」として、しばしば登場しているほどだとのこと興味深い情報をありがとうございました。

その後、ふと映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の過去のシーン(まさに1955年)を観ていると、主人公のお母さんの実家で、子どもがこの毛皮帽をかぶっていました!まさに「時代考証の小道具」ですね。

"Peter Pan"

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「メアリー・マーティン、『ピーター・パン』でアカデミー主演女優賞を受賞」

1954年、『ピーター・パン』が、前年のアニメーション版が大変評判だったことでミュージカル化され、空を飛ぶシーンが当時ずいぶん話題になったそうです。これは今日本でも夏休みなどにやっているミュージカルの原型になることのこと。ちなみに振りつけは『ウエスト・サイド物語』のジェローム・ロビンスとだそうです。

そして、『ピーター・パン』で主演を演じたメアリー・マーティンがトニー賞の主演女優賞をとったのがこの年、1955年だったのです。この時彼女は41歳で、若い時からダンサーとしてハリウッドに売りこんでいたもののなかなか芽が出なかった彼女が初めて女優としての栄冠を得たという、まさにアメリカン・ドリームを象徴するような出来事だった、とのことです。そしてその後の彼女は舞台女優として、確固たる地位を築きあげていったとか。

管理人としては、「ピーター・パン」が映画化されたのは1953年なのに、なぜ1955年の出来事なのか・・・・と悩んでいたところでしたが、SADAHIKOさん(サイト:CINEVISION+1)からの情報で、アカデミー賞受賞の件を知ることができました。貴重な情報をありがとうございました。

"Elvis Presley"

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「プレスリー、RCAと契約」

この年の11月22日、RCAと契約を交わしたプレスリーは、翌56年デビュー時からヒットを飛ばし、「キング・オブ・ロックンロール」としてロックの歴史に大きな足跡を残していきます。

"Disney Land"

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「ディズニーランド開園」

おなじみディズニーランドがカリフォルニア州アナハイムにオープンします。


1956年

"Bardot"

素直な悪女 HDニューマスター版 [DVD]
「ブリジット・バルドー、[素直な悪女]でデビュー」

フランスの女優バルドーは、この作品を皮切りに、50~60年代を代表する女優として活躍します。

"Budapest"

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「ハンガリー動乱勃発」

フルシチョフによるスターリン批判が行われたのをきっかけに、ソ連の内政干渉に不満を持っていたハンガリー国民の不満が爆発、ハンガリー動乱がこの年起こりました。しかし、この動きも結局2度にわたるソ連の軍事介入により鎮圧されます。

"Alabama"

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「人種分離条例に違憲判決」

当時のアメリカ南部では、事実上黒人と白人は隔離されていました。バスの座席もそうで、黒人席と白人席が指定されており、「中間席」は、白人が立っていないときだけ黒人が座ってよいということになっていました(たった半世紀前にそんな条例があったこと自体が驚きです)。

1955年12月1日、アラバマ州モンゴメリで黒人のローザ・パークスはその中間席に座っていました。そのうち白人が乗ってきて立つようになったため、運転手がローザに立つことを要求。ローザが「立つ必要は感じません」と拒否したため、警察に逮捕されます。後年のインタビューで、彼女は体が疲れていたのではなく、「屈服させられることに疲れていた」と述べています。

彼女は即日保釈され罰金刑となりますが、当時同じモンゴメリで牧師として着任したばかりのマーティン・ルーサー・キングがこれをきっかけにバスボイコット運動を呼びかけます。バス利用客の4分の3は黒人が占めていたため、市側は打撃を受けます。さらにローザ側は市条例の違憲性を訴えたところ、ついにこの年違憲判決が下り、公共交通機関における人種差別が禁止されるようになったのです。

ローザ氏はその後も職業を変えながら公民権運動に参加。2005年死去、享年92歳。

"Khrushchev"

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「フルシチョフ、スターリンを批判」

この年の2月、第20回ソビエト共産党大会でフルシチョフは、スターリンがおこなった大粛清・シベリア流刑などを弾劾し、ソ連政治に新たな方向性を見いだそうとしました。しかしこれにより彼は党保守派とKGBの支持を失います。

"Princess Grace"

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「アメリカ女優グレース・ケリー、モナコ王女に」

54年に映画「喝采」でアカデミー主演女優賞に輝いたグレース・ケリーは、この年モナコ国王レーニエ3世と結婚し、話題を振りまきました。彼女はさらに、82年、モナコ近郊で自動車事故にあい死亡したときにも話題になりました。

"Peyton Place"

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「ペイトンプレイス物語」出版

みんさん(みんさんご参加のバンドのサイトはこちら:"KFA")から情報をいただきました。 後にテレビドラマ化され話題になったグレース・メタリアス著「ペイトンプレイス物語」がこの年出版されたそうです。

アメリカのニューイングランドにある、敬虔なクリスチャンの村で起こった養女へのレイプ事件を題材にした物語です。その事件について口を閉ざす村人。その事件をモデルにした本を図書館に置くかどうかを決める村人の投票。「ソープオペラの原点」と呼ばれているようです。

"Trouble in the Suez"

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「エジプト、スエズ運河国有化宣言」

エジプトはこの年、スエズ運河の国有化宣言をおこないました。これに対しイギリス・フランス・イスラエルは同じくこの年にエジプトを攻撃。しかし国際世論の非難を浴びた3国は撤退、この動乱も沈静化しました。


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