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庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

第58回イギリス研究会2日目・奈良県桜井市 : 日本最古の神社から開店3ヶ月の居心地のよいカフェまで

イギリス研究会 旅行

今日もいい天気。ありがたい。今井の宿から歩いて畝傍駅へ。

三輪へ

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JR畝傍駅。1日に数百人しか利用しない閑散とした駅ですが、クラシカルなつくりと「閉鎖された大きめのスペースがある」みたいなので調べてみると、貴賓室があるとのことでした。

県下の鉄道は明治23年に奈良~大阪間が開通し、明治26年に王寺~桜井間が通じました。
天皇家の畝傍御陵参拝のためにつくられました。
(中略)
現在の駅舎は、昭和15年の橿原神宮紀元2600年祭式典にあわせて造られました。
貴賓室も備えていますが、現在は貴賓室の公開はしておりません。
引用元:橿原市サイト


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「万葉まほろば線」で三輪駅へ。


大神神社

三輪駅で降り、大神神社(おおみわじんじゃ)へ。日本最古の神社のひとつと言われています。三輪山(みわやま)そのものをご神体としているため本殿がありません。ご祭神・大物主大神(おおものぬしおおかみ)は「国造りの神であり、農、工、商業すべての産業開発、方除、医薬、造酒等人間生活全般の守護神(「大神神社発行「境内案内図」より)」とのこと。

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大神神社へ。


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日本最古の神社のひとつですが、現代的な配慮もなされています。


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境内に大和三山が一望できる展望台(「恋人の聖地」と言われているらしい)があります。


三輪山登拝

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狭井(さい)神社。いよいよ三輪山へ登拝します。


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注意書き。参拝料300円をお納めした後、神社の方からのご説明を受けます。本来ご神体である三輪山に登るのは失礼な行為であること。ハイキング気分で行うことではないこと。写真撮影、飲食等当然厳禁。とはいえ水分補給だけはしっかりと(このあたり、前述の「現代的な配慮」を感じます)。本来は白装束であるべきだが、その代わりに首から白い「三輪山参拝証」(たすき)を下げて登拝する。そんな内容でした。参考:大神神社公式サイト・三輪山登拝について

私は特定の宗教を信仰する者ではありませんが、ある人々が大切にしている対象には敬意をもって接したいと考えているので、神社側のルールを守ることはもちろん、自分なりに身も心も引き締めてお山に入りました。イギリス研究会のメンバーともおしゃべりはせず、一人で自分のペースで歩きました。

  • 11:06 登拝開始。
  • 本来裸足で登拝すべきところ、実践している人たちはどれくらいいるのかなと思っていたが、予想より多かった。20~30人に一人くらいだったのでは。しかもそのうち若い女性がけっこういたのが意外。
  • 11:23 滝があり、身を清めるための簡易な着替え場所があった。
  • 空気が清浄なだけでなく、呼吸がとてもしやすい。
  • 11:59 頂上へ。ここで座って瞑想(自分流に呼吸を整え、できる範囲でお山に集中)。
  • 12:44 磐座(いわくら。祭司の対象となっている岩)の近くで瞑想。
  • 13:02終了。私はわりと歩くのが速く、登山コース等では目安所要時間の3分の2くらいしかかからないが、こちらでは目安の「2時間」の通りとなった(途中瞑想などをしていたこともあるが)。けっこうな勾配である。ちなみに標高は467メートル。

 

にゅうめんと山辺の道

登拝終了後、おなかがすいたねということで、神社のすぐ脇で地元名物のそうめん(にゅうめん)をいただくことに。


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「三輪の里・池側」のにゅうめん。身体が休まるやさしい風味。


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その後は山辺の道を歩き・・・


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1.5kmくらいで桧原(ひばら)神社へ。天照大神が伊勢神宮に遷るまでの間に一時的にせよ祀られたいわゆる「元伊勢」のひとつ。人はまばらにいるけれど静寂な雰囲気。磐座を本殿にしているので大神神社同様本殿はありません。


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二上山(ふたかみやま)が正面に見えます。


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その後は田園風景の中を歩き・・・


箸墓古墳

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箸墓古墳へ。卑弥呼の墓という説もあります。


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巨大なのでわかりにくいですが・・・


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実はきれいな、最初期の前方後円墳です(3世紀後半頃の築造)。


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JR「万葉まほろば線」巻向(まきむく)駅から宿のある今井町方面へ。この時点で16時過ぎ。


今井町古美術店でのレクチャー

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宿「嘉雲亭」のご主人が古美術店「喜多」を案内してくださいました。お店の奥にあったのは・・・


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洛中洛外図。江戸時代の京の都を描いたもの。現代の、自分が知っている京都の街と対比させて楽しんでいたのですが、お店の方のご説明は非常に興味深いものでした。

  • もともとは紀州藩が徳川家光のために作らせたものだが、幕末に船の衝突事故があり、賠償のため放出されたものが大和に入り、今この今井にある。
  • この油小路通を描いたもののもう一対はボストン美術館にある。
  • 朝鮮通信使が描かれている。朝鮮を日本と対等の存在として描いているので、日本が朝鮮を支配していた時代はこの図は公にはされていなかった。
  • 通信使は淀から京都に上陸した。そのための川ざらいや舟曳などに大変な人手がかかったらしい。

この他にも、日本のあけぼのの時期(それこそさっきまで見てきた神社や古墳の時代)の興味深い説なども伺えました。

お店では、500円の漆器の黒い器を買いました。お酒をこれでいただこうと思って。


夜の今井町

この後は、メンバー各自がいったん自分のしたいことをし、その後夕食をとる店に行くことにしました。

銭湯に行ったり、お店に先に行く人もいましたが、私は宿で仮眠をとりました。


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日没後の今井町


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Cafe Hackberry。今井町の端、最寄りの近鉄大和八木駅からは一番近い場所にあります。


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昨日の「tama」同様、古民家のつくりを残しながら現代のカフェになっています。


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居心地がいいなあ、お酒も食事もいろんな種類があっていいなあと食べる前から上機嫌になっていましたが、実際にお料理をいただいて気持ちは一層の高みに。

うまい。味がはっきりしていて元気なのと、普通じゃないちょっとした隠し味みたいなのがあるんです(具体的に説明も伺ったのですが忘れてしまいました・・・)。バジルソースのパスタが特に好み。

お酒も、ギネスもバスペールエールもあるし(メンバーと私で飲んでたらお店の在庫を切らせてしまいました)。すっかりお気に入りのお店になりました。

また伺いたいとお店の方にもお伝えしたところ、なんとまだ開店して3ヶ月ほどなんだとか。行政からも、今井の玄関口にあたる大切な場所だからしっかりやってほしいと言われているとのことでしたが、十二分にお役目を果たされているように感じました。


この日は15km歩きました。


(ご参考)メンバーのブログ

Daily Life of Adopted Scouser:奈良県桜井市