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庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

タイタニック号生き残りの日本人が非難され、後に名誉回復した背景

同じ著者の「封印作品の謎2」が興味深かったし、著者の姿勢にも好感を持ったので読んでみました。


この本は、「封印作品の謎2」に比べると、扱ったトピックは多め、でも一つ一つの記事の規模は少なめです。その分、大津市プール事件(小学校で卒業記念にミッキーマウスをプールに描いたらディズニー社がそれに抗議して絵を消させた)など有名なエピソードを掘り下げたものもあれば、小笠原・父島にあったといわれる米軍核兵器貯蔵庫など、何それ?という感じの珍しい(と私は感じた)話まで、いろんな興味深いケースが目白押しです。その中でも、「一応知ってはいたが、この本で真相を初めて知った」ケースで一番の驚きだったのが次の逸話。


タイタニック唯一の日本人乗客への非難

それは、タイタニック号唯一の日本人乗客にして奇跡的に生還した人物にまつわるものです。その人物とは細野正文氏。あの細野晴臣さんのおじいさんで、鉄道院の第一回留学生としての帰路、沈没事故に遭遇し辛くも救出されたということです。私はここまでは一応耳に挟んではいましたが、続く「真相」には驚かされました。

細野氏は、かつていわれのない中傷を西洋人から受けていたとされています。具体的には、イギリス人ローレンス・ビーズリー氏の日記に「無理矢理(救命)ボートに乗ってきた嫌な日本人がいた」と書かれてあったそうです。このため、生還後非難されていた細野氏ですが、1997年、ビーズリー氏と同じボートに乗っていたのは中国人と判明、汚名は晴れたかに見えました。


非難は本当にあったのか

しかし、著者が調べてみると、ビーズリー氏の日記"The Loss of the SS Titanic"には、そのような記述はなかったのです。不審に思った著者がさらに取材を続けると、正文氏の次男細野日出男氏が「タイタニックの日本人」を非難したのは1956年に世に出たウォルター・ロード氏の「タイタニック号の最期(現在、筑摩書房から出ている書名)」であり、それまではどこにもそのような非難記事はなかったと書いていたことが新たにわかりました。しかしこれも、原典にあたってみると、「生存者にいわせれば、救命ボートにこっそり乗っていたのはすべて日本人か中国人」との記載があるに過ぎず、ロード氏本人がそう断定しているわけではありませんでした。また、フランス人やイタリア人など、アングロサクソン以外の人々も槍玉に上がっており、日本人だけがことさら責められているわけでもなかったのです。

さらに調査を進めた結果、正文氏を非難していたのは、西洋人ではなく日本人だったようだとわかってきました。1916年には、新渡戸稲造が「義勇青年」で、タイタニックでは女・子どもが優先なのに「マンマと一命全うした」日本人がいると語っています。その他、1954年に早稲田大学教授の木村毅氏が「醜名を世界にさらしたのは、例によって日本官吏である」と記述しています。

当の正文氏はこれをどう受け止めていたのでしょうか。彼は、自らの行為すなわち「救命ボートが目の前を降りていくとき、たまたま空きがあったので、撃たれることを覚悟で乗り込んだ」「女子どもが優先なのは知っていた」ということを隠さず証言しています。特に嘘の証言をしたり、卑屈になっているというわけではないようです。著者個人の意見も、客観的に見ても緊急時の仕方のない行動で女・子どもを押しのけてのものではない、とのことでした。


エピソードの背景

ではなぜ1997年にこのような「名誉回復のエピソード」が登場したのでしょうか。著者がビーズリー氏の手記に日本人への非難があったと記述した新聞記者に取材したところ、彼はこの「西洋人が細野氏を非難した」エピソードが映画「タイタニック」のプロモーションの一環だったことを明かしました(この本には、そのエピソードを作り出した組織の名称も記されています)。ビーズリーの手記については、自ら原典を確認することはせず、過去の記事でとりあげられていたことを根拠としたのみだったということです。

結局、この「美談」は、要するに「西洋人による非難」を捏造したものだったというわけです。もっと言えば、映画の宣伝のためにいわれのない非難を作り出し、新たに人を傷つけた、ということになります。遠い国の大昔の人物だからいいだろう(訴えられたりするリスクは低いだろう)と考えたのかもしれません。そのように捏造を行った人々は、その言われなき非難を作り出されたローレンス・ビーズリー氏の日記に記されているこの言葉は知らなかったのでしょう。

誰であれ、故意の嘘を広めて人々に恐れや悲しみをもたらすことは犯罪だ。報道の道義的責任はとても大きい。

安藤氏が原典にあたるまで、誰にもこのことがわからなかったということは、いかに「きちんと調べずに書かれている」記事が世に多く出ているか、ということの証にもなっていると思います。かく言う私も、このメモは本の要約に過ぎず、他の文献や原典を確認したわけではないのですが・・・何かを調べるときにはできるだけさかのぼってみる、それができていない情報(このメモも含む)は話半分で聞く、という姿勢は少なくとも持っておきたいと感じたエピソードでした。



(参考)興味深かった本のリスト