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大江健三郎「死者の奢り・飼育」

死者の奢り・飼育 (新潮文庫)

[内容]
著者の初期短編集。死体処理のアルバイトで青年が得た経験と感触を描いた「死者の奢り」、寒村に墜落した米軍機の黒人パイロットと子どもたちの交流と悲劇を綴った「飼育」他。

[感想]
最初にびっくりしたのは、20代前半でこんな完成度の高い文章を蕩々と綴っているという大江健三郎の底知れなさについてですが、読み進めるうちに次第に心は彼の描く「人間集団の持つ閉塞感」と「そこに入り込む異物」との違和感が発する世界にずぶずぶと沈み込んでいきました。

「他人の足」で、脊椎カリエス療養所の少年たちの穏やかに沈殿した世界の中に現れた新入りの学生が「世界を知る会」を立ち上げ少年たちに働きかけていく様。「人間の羊」で、バスの中で外国兵に恥辱を味わわされた男に、なぜ彼らを糾弾しないのか執拗に迫る教員。うまく言葉にはできない「精神が歪められ始めるある状態」をしっかりとあぶりだしていました。随所に登場する「体臭」「汗」を用いた表現も効果的。

たしかにこういう精神状態を描くには小説というメディアを使うしかないよな、と納得した短編集でした。


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