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「新しい歴史教科書をつくる会」関係者の特徴とは - 小熊英二・上野陽子「<癒し>のナショナリズム」

“癒し”のナショナリズム―草の根保守運動の実証研究

小熊英二助教授(当時)の論考と彼のゼミ生・上野陽子さんの卒業論文(2002年)で構成されている本。小熊さんの論考も興味深いのですが、ここでは上野さんの論文についてメモします。

彼女の論文は、「新しい歴史教科書をつくる会神奈川県支部有志団体史の会」のフィールド調査です。具体的には、「史の会」主催の講義や飲み会に参加し、メンバーにインタビューやアンケートをとり「つくる会」の一部を知ろうというやり方です。

「史の会」メンバーの特徴をアンケートからひもとくと、購読紙は産経が圧倒的に多く44.82%、支持政党は「なし」がトップ、好きな政治家のトップは石原慎太郎で嫌いのトップは河野洋平、靖国神社公式参拝は29名全員「すべき」、アメリカが「大好き」「好き」「どちらかというと好き」が計16名、中国が「嫌い」「大嫌い」が計20名。共通する望みは「弱気な日本」からの脱却、自国を誇れるようになること。上野さんの「あとがき」には、参加者たちの「真面目さ」と「熱情」を感じた、とあります。

彼女がフィールド調査を行って得た「史の会」の特徴は、(1)自らを「良識ある普通の市民」と表象する、(2)運動への関わりには限界がある(運動に対して受動的で、彼らは彼ら自身の生活に忙しい)、(3)結果第一主義で、結果がとれないとたちまち関心を失う(教科書採択率が1%に届かないという結果が出た後、会の中の教科書問題は影を潜める)の3点にまとめられており、結論としては「この保守運動を見ていると、彼らのリアルな世界、すなわち日常生活において夢や希望が持てないからこそ『こうであればよい』という幻想を抱いているような気がしてならない。彼らは、たくさんの本を読み、同じような考えの人々と交流しながら『理想の日本人像』を自分の中で形成する作業が楽しいのであって、今の世の中を本当の意味で変えていく力にはなれないのが本当のところではないだろうか」と結んでいます。


私がこの論文を読んで感じたことは2点あります。1点は、本人も小熊さんも指摘していることですが、上野さんが「史の会」を批判的に見る視点と、シンパシーを感じる視点の両方を持ち得ているため、結果的に多面的な調査が実施できていることです。何かを知ろう、理解しようというときには、批判的視点と同調的視点の両方が必要であるということを見事に実証している研究だと感じました。

もう一つは、政治に関する活動は、それが「趣味」のように見えても(実際、参加者からすれば趣味なのかもしれませんが)、このように考察・批判の対象となりやすいということです。単に好きな音楽の同志が集まり語り合う会と、政治「運動」について同様のことを行う会とでは、社会的影響(または影響を与える可能性)は、やはり後者のほうが圧倒的に大きい(大きくなる可能性がある)ということなのだと思います。政治に関わる「運動」には相応の責任が生じる。そんなことをこの論文からは実感した次第です。


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