庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

夏目漱石「坑夫」、小林多喜二「蟹工船」、アントン・チェーホフ「犬を連れた奥さん」

iPhoneでSkyBookを使って青空文庫の中短編を続けて読みました。偶然にも、どれも「ストーリーは一文で説明できるが味わい深い」作品でした。


夏目漱石「坑夫」
青空文庫
坑夫 (新潮文庫)

生きるのをやめたくなった若者が誘われ坑夫になろうとする話。

主人公が驚くほどいろんなことを考え逡巡するのは小説の常なのかもしれませんが、この作品の主人公はその中でもかなりのレベルに達していると思います。梶井基次郎の小説なみ。こんなにいろんな思いが始終頭の中にあったらしんどくない?と半ばあきれ、半ば感心しながら読み進めていくと唐突に終わる。完成度はそれほどではないのかもしれませんが、妙に印象に残った作品でした。


小林多喜二「蟹工船」
青空文庫
蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

Radiohead の凄さに21世紀になってから気づいたり、「ポリリズム」のリリース半年後くらいにPerfumeの曲の魅力を知ったりと、世の中の流れにだいぶ後になってから気づく私。「蟹工船」も今ごろやっと読みました。ご存じの通り、カムチャツカ沖の蟹工船で悲惨な労働環境のもと働かされる労働者の話ですが、一読して感じたのは、小林多喜二はやはり相当な筆力を持っているという点です。ともすれば単調になりがちな日々を(舞台はずっと蟹工船)、これでもかという勢いと怒りで描写していきます。だから飽きない。しかし一方で、ほんの少し現れるソ連礼賛の場面とこの小説が発表された1929年という時代をあわせて考えると、大いなる皮肉を感じたのも事実でした(スターリンによる大量粛正は主に1930年代に行なわれました)。


アントン・チェーホフ「犬を連れた奥さん」
青空文庫

可愛い女(ひと)・犬を連れた奥さん 他一編 (岩波文庫)


妻帯者の医師が保養先で犬を連れた魅力的な婦人に出会い、相思相愛になる話。

それだけの内容なのに読んでいて非常に味わい深かった。変なたとえかもしれませんが、何の変哲もないただのざるそばなのに驚くほどおいしかった、という感じです。これはひとえに文章と翻訳の完成度の高さによるものではないでしょうか。そして劇的では全然ないけれど絶妙な幕切れを含む演出のうまさ。ちょっとこれはチェーホフを追いかけたいなと思わされた一作でした。


メロディーが優れた音楽を好きになってしまうように、ストーリーがおもしろい小説が好きな私ですが、メロディーが単調でも楽しめる音楽があるのと同じように、ストーリーに起伏がなくてもおもしろい小説はあるということを思い知らされた3作でした。


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