庭を歩いてメモをとる

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平野啓一郎「決壊」

きつかった・・・この小説のおかげで、私の明るく楽しい週末は完全に破壊されてしまいました。もちろんこれ、ほめ言葉です。今年読んだ小説の中では、衝撃度・心への入り込み具合、ともにNo.1です。

物語

2002年の日本。妻と3歳の子どもがいる平凡な勤め人は、妻にも内緒で日々の悩みをつづるホームページを立ち上げている。その兄は子どもの頃から何でもできて、東大卒業後国立国会図書館に勤務しているが、結婚せず、複数の女性と交際を続けている。そんな兄弟が北九州の実家に帰ってくる。兄は、父がうつ病なのではないかと感じている。妻は、ふとしたことから夫のホームページの存在に気づき、別人のふりをして掲示板に書き込んでいく。掲示板には、もうひとりの「666」という名の人物の書き込みもあった。

一方、鳥取の男子中学生は、クラスの女子生徒の性行為を捉えた写真を交際相手の男子生徒の携帯から盗み出し、ネットにばらまく。女子生徒は不登校になり、交際相手は中学生を呼び出す。
そのころ、中学生が殺人についてつづったホームページを読んだある男が中学生にアプローチしてくる・・・

その後、物語は、少年犯罪、猟奇的殺人、無差別テロ、ネットによる犯罪情報の錯綜、被害者そして加害者の家族の崩壊など、現代的な要素を活写しつつ一気に「決壊」していく。


感想

著者が語っているように、天国や地獄が信じられていた時代の「神の赦し」なき今、殺人者への赦しというものが果たして可能なのか、どういう意味を持つのか。そういう深遠なテーマを、一文字一文字彫刻刀で削り取ったかのような丁寧な描写で描ききった筆力にまず圧倒されました。相変わらず、難しい漢字が多くて読みづらい面はあったけど・・・(「些か」「捩って」「眸」「徐に」なんて普通使いませんよね)。

理不尽に命を奪われた家族の心境から妊娠期の女性の精神状態まで、著者が経験のないはず事柄を深い想像力でつづって読者を納得させている(私もこれらの経験はないのですが)点も、これぞ作家って感じで感嘆を禁じ得ませんでした。

ネット上の文章や方言(私がわかったのは関西弁だけですが)なども非常に正確で、これらが物語の中の世界であることを忘れさせる丁寧なつくりだったところも素晴らしい。

あと、本筋とは関係ないですが、国会図書館勤務の兄が同僚や友人とかわす会話は、それだけでレベル高めの本をブリーフィングしてもらっているような内容で、いわゆるインテリの人たちは普段からこんなおもしろそうな(でも私には解説がないとわからないけど)話をしているんだろうか、と驚いたり。

そして、一種のミステリーとしても「おもしろく」読める。すごかったです。

放心状態に近い読後感が得られてしまうこんな小説を、もはや年下の作家さんが書くようになったんだ、という別の意味でのショックも受けた渾身の一作でした。


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