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庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

マーサズヴィニヤード〜特別な環境と共存する島

引き続き、Jared Diamond"Collapse"(邦訳「文明崩壊」)を英語でちまちま読んでいます。この本、メインのトピック、つまり「古今東西の環境破壊による文明崩壊事例をひもとき、そこから教訓を引き出す」ところも非常におもしろいんですが(例:イースター島の例ドミニカとハイチの例)、それとは別に、ちょっとした一言や引用に興味をそそられることも頻繁にあるのです。今日もそんな言葉に巡り会いました。

それは"Martha's Vineyard Island"(マーサズヴィニヤード島)。この本では、「小さな村落で近親結婚タブーをもたない場合、生まれつきの障害を持った人が激増することがある。例えばマーサズヴィニヤード島に耳の聞こえない人が多いことなどがそうだ」とたった一言書かれているだけです。何それ?どこの島? で、ちょっと調べてみた結果が以下です。


聴覚障害者の多い島

マーサズヴィニヤード島は、アメリカはマサチューセッツの沖にある島です。1600年代にイギリスからピューリタンが移民しているのですが、このうちの一人、ジョナサン・ランバートが耳の聞こえない人でした。彼は耳の聞こえる女性と結婚しますが、7人の子どものうち2人に聴覚障害がありました。

原因は遺伝です。でも、聴覚障害をもたらす遺伝子は、父も母もその遺伝子を持っていないと子どもが聴覚障害になることはありません。ということは、ランバートだけでなく、奥さんもその遺伝子を持っていたことになります。かくして、この隔離された島では、島内での結婚が繰り返され、聴覚障害につながる遺伝子を持った人の率が非常に高くなっていきます。1854年に行われた調査によると、当時の耳の聞こえない人の割合は全米平均で0.002%なのに、マーサズヴィニヤードでは0.6%(平均の300倍)、島内でもっとも割合の高いチルマーク集落ではなんと4%(平均の2000倍)になっていました。

1881年になると、ある研究者がこの島を調査し、論文を執筆します。その内容は、聴覚障害は遺伝によるものだから結婚するなら聴覚障害が遺伝しないようなものがよいだろうとか、「ろうあ者の学校がろうあ者を産みだしている」と警告したりなど、聴覚障害者の気持ちや権利を無視するようなものになっていました。この研究者とは、アレクサンダー・グラハム・ベル、電話を発明した人です。

ちなみに、聴覚障害とは何の関係もない話ですが、この島はもうひとつのことでも有名だったりします。それは、あのケネディ家の悲劇の舞台になっていること。まず1969年、エドワード・ケネディ上院議員(JFKの弟)がこの島ととなりのチャパキディック島の間にかかっている橋で自動車事故を起こし、助手席にいた秘書が亡くなっています。そして30年後の1999年には、この島の沖12kmにケネディJr.と妻、そして義理の妹の乗った飛行機が墜落しているのです。

特別な環境と共存する島

ここまで読むと、このマーサズヴィニヤード島のもつ運命はどこまで厳しいものなのか、と感じてしまうかもしれません。しかし、私はここの島の人たちが「遺伝的に聴覚障害者が多い」という環境をどう受け入れてきたかを知って、この島の印象が180度変わりました。

この島の最初の聴覚障害者ランバートは、健常者となんら変わりない生活をし、大工の仕事で裕福になり80歳まで生きたとの記録が残っています。現代ならともかく(いや、現代でも、か)、300年前に障害を持っている人がそのように暮らすことは相当難しいように思えます。しかし、この島には、それを可能にするための社会基盤がありました。それは、この島独特の手話"Martha's Vineyard Sign Language"です。

この手話は、ただ存在していただけではありません。島では、聴覚障害者だけでなく健常者もこの手話を全員使えたそうです。つまり、みんなが日常的に手話を使っていたというわけです。これによって、聴覚障害者は、その障害ゆえにコミュニケーションがとれないという不自由からかなりの程度解放されていたことになります。この島の人々は、「遺伝的に聴覚障害者が多い」という特別な環境と300年間見事に共存していたのですね。

では、この島の人々が移民直後からなぜこの手話を使えたのか。それは、移民がもといた場所が関係しています。その場所、イギリス・ケント州ウィールドも、実はもともと聴覚障害者が多い地域だったそうです。そしてその地域でも手話が一般的だったのですね。つまり、移民は遺伝子だけでなくその習慣とも一緒にマーサズヴィニヤード島へ移り住んだというわけです。

この手話は、最後の使い手が1952年に死亡したため、今では見ることはできないようです。しかし、この300年間の営みには、今でも考えさせられることが多いように感じています。そういう意味では、今もこの手話は私たちに影響を与えている、と言えるのかもしれません。



・・・って、"Collapse"のたった一言からこんなに脱線。おかげで、たたでさえ英語を読むのが遅いのに、こんなことしてるとさらに先に進むのが遅くなってしまいます。でも、こういうのも読書の楽しみの一つではありますね。いずれにしろ、"Collapse"(和書名「文明崩壊」)の著者Jared Diamondの知の幅広さはさすがです。


参考