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庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

小熊英二「対話の回路」前半

本・まんが 社会と課題

対話の回路―小熊英二対談集


対談集。小熊氏の真摯な姿勢・テーマに関する知識・出版編集者経験のどれもがいかんなく発揮された、対談相手との共同作品って感じ。対談って個人的には気楽にあっさり読める印象があるのですが、これはけっこう読み応えがありました。満足。

対談者ごとに感じたポイントを書いてみます。


村上龍:

この本の対談はすべて、小熊氏が相手の書いた本をかなり読み込んでから対談しているので、必然的に相手の著作に関するつっこんだコメントが多くなっています。しかし、対談相手の中で私が著作をある程度以上読んだことがあるのは村上龍だけ。そういうこともあって、個人的にはこの村上龍との対談が一番興味深く読めました。小熊氏の村上作品に対するコメントをしっかり味わえたという感じです。

中でも、村上龍の文章を「インプロ(ヴィゼーション)的な部分でも、確信をもって・・・制御されている」、つまり、「フリージャズではなくてあくまでポップス」と分析しているところには大いにうなずきました。この「ポップス」感覚は、個人的にいいなと思えるあらゆる表現に通じている基本スタンスなのです。小説だけじゃなく、音楽でも映画でも、私は「ポップス」が好きです。作品をわかりやすく相手に伝えようとする姿勢に共感をもってしまう、というと大げさかな。とにかく、村上龍の「ポップ性」を的確にコメントしているところがよかった。

また、「(村上龍がやっている)みんなが共通に違和感を持っているという状態だけを最後の共通性にするのであれば・・・これはたぶん近代文学最後の形態ですよね」という指摘も、村上龍の作品と位置づけをうまく表わしているな、という印象です。


島田雅彦:

「テロ対策においては、『テロリストに似ない』」ことが重要、という指摘が興味深い。「アイデンティティというものの特性として、反発する相手に似てくるのです。・・・反米をうたっていても、実はアメリカが『普通の国』の基準」というようなパターンって、たしかにありがち。暴政の王を倒した革命家が暴政をしいてしまったりするのもそうだし、政治以外の人間関係、例えば親子関係などにもよく見られる現象かも。


網野善彦・谷川健一:

本人も後書きで書いていますが、小熊氏は両大家にかなりつっこんだ問いを投げかけています。「民俗学は役に立たなくなっている」とはっきり言ってしまうところと、しかし二人の本を相当読み込んでいるところの両立に小熊氏の誠実さを感じます。また、両大家が「この若造が」という態度をいっさい見せないところもまたたいしたものです。

谷川氏が戦争体験について、「小熊さんのように若くして厚い本を書くなんて、とても考えられません。明日は死ぬかもわからないという、寸断された時間の中で生きざるをえないのですから。長いスパンの計画なんてたてられないんです。」と語る部分、当たり前のことではありますがこの真摯な対談の中に出てくると胸を打ちます。


後半は小熊英二「対話の回路」後半に。