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庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

佐野眞一「東電OL殺人事件」

東電OL殺人事件 (新潮文庫)

高知に出張。移動時間がかなりあるので、旅のお供にこの本を読むことにしました。佐野氏の本は、今までに読んだもの*1に関してはどれも質が高く飽きさせない。非常に丁寧な取材とときに厳しく、ときにあたたかい視点が彼の作品を支えているように感じていました。それで、以前から被害者の謎の生活が疑問だった「東電OL殺人事件」について彼がどんなペンを走らせているのか知りたくて手に取ってみたわけです。

しかし結果は、残念ながら佐野氏の今までに読んだ本の中では一番不完全燃焼感が残ってしまうものでした。取材はいつものように丁寧で、事件の被告人の故郷ネパールまで飛んで家族や事件現場に近い友人の話を聞いたりしていますし、厳しくあたたかい視点も健在でした。しかし、テーマがかなりぼやけてしまっているように感じられます。

「この事件の真相にできるだけ近づくことによって、亡き彼女(被害者)の無念を晴らし、その魂を鎮めることができれば」という執筆動機は、どちらかというと「ネパール人被告の冤罪を晴らしたい」という方向にかなり傾いています。ネパール人が無実に違いない、という強い予断をもって取材を進めていますし。たしかに、個人的にも、客観的事実を見る限りではそのように考えざるを得ないので、ネパール人を支援したくなる気持ちはわかりますし、その行為自体は素晴らしいとは思いますが、本のテーマからは少々ずれているような。

とはいえ、この本によって、この事件の抱える闇の深さは十分に感じることはできました。少なくとも、佐野氏の熱意がそれを浮かび上がらせているとは言えると思っています。結局、1日で500ページ以上を読み切ってしまったのは(しかも仕事のある日に)そのおかげでしょう。

それにしても、この事件の底知れなさには怖れを感じずにはいられません。経済論文を執筆する女性管理者がなぜ毎晩4人の客を取る売春行為を続けていたのかということと、なぜネパール人の被告を何が何でも有罪にしようとする力が働くのか*2(というふうに現時点では感じています)という謎は、まだ解けないままだからです。特に前者は、永遠に解けないのでしょうね。


(参考サイト)
東電OL殺人事件概要:無間回廊・東電OL殺人事件
事件現場周辺の写真:Jam Jam Voice・東電OLの見た風景


(佐野氏の他の著作)

巨怪伝〈上〉―正力松太郎と影武者たちの一世紀 (文春文庫)

だれが「本」を殺すのか〈上〉 (新潮文庫)

てっぺん野郎―本人も知らなかった石原慎太郎

*1:「巨怪伝」(正力松太郎伝)、「誰が本を殺すのか」(本を巡る業界−書店、古書店、図書館などのルポルタージュ)、「てっぺん野郎」(石原慎太郎伝。2度の本人インタビュー含む)

*2:この本では、一審の無罪判決で幕を閉じていますが、その後被告人はかなり異例の措置をもって勾留され、あっという間に無期懲役が確定しています。現在、再審請求中です。