庭を歩いてメモをとる

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半島を出よ(下)

半島を出よ〈下〉 (幻冬舎文庫)

読み終わりました。

いやあ、満足満足。

2011年、経済が凋落し世界から見放されつつある日本。北朝鮮コマンドが福岡に上陸、あっという間にドーム周辺を占拠。日本政府が九州を閉鎖するが有効な手だてがうてないまま、12万人の後続軍が近づいてくる・・・そんな、ありふれていそうで実はあまりお目にかかれれない設定の約900ページですが、まったく退屈することなく堪能できました。

まず、村上龍さんの長編にありがちな「息切れ」が皆無であること。他の近未来長編「愛と幻想のファシズム」(これは大のお気に入りですが)、「希望の国のエクソダス」ともに後半、龍さんが書くのにちょっと飽きたのかなって印象があります。「半島を出よ」は違う。ちゃんとテンションが持続し、緊迫感のあるクライマックスがあり、物語を締めるエピローグがあります。

そして、「興味深く丁寧な情報が詰まっている」「物語としておもしろい」の2本柱をしっかりと充実させていること。個人的に本を読みおわって充実感を感じるのはこの2本柱のどちらかが優れた作品だったときですが、「半島を出よ」は両方とも非常に充実していたと感じています。情報面で言うと、たとえば北朝鮮の人間のディテール。龍さんがソウルで脱北者十数名に取材したこともあって、故郷の描写、礼儀作法、日本の品物に対する驚き(ティッシュペーパーや下着、蛇口をひねればすぐお湯や安全な水が出ることなど)、男女・親への感覚(北朝鮮では母親は絶対的に敬われるらしい)など非常にリアルです。その他にも、毒を持つ生物、爆薬、兵器、建築設備、医学などの詳細な解説に圧倒されます(ちょっとくどいと感じることもあるけど)。

物語も、そのものの面白さはもちろんですが、「北朝鮮コマンド」「ふつうの日本人」「ふつうじゃない日本人」それぞれの視点で描かれているので、ひとつの事象も複数の角度でとられられるところが飽きさせません。結果的に、どの立場の人間をも客観的にとらえながら(たとえば、北朝鮮や日本政府を一方的に断罪することはない)、その人間が自分の深い位置で感じていることを描き出すことに成功しています。

結果、龍さんのメッセージもダイレクトに響きました。

龍さんも今年53歳、デビュー30年くらいになるはずですが、「半島を出よ」は、エッジのきかせ方がベテランの持つ円熟味みたいな「悟りの境地」とはいい意味で全然違うところにある作品。読後にそう感じつつ、3月29日の朝日新聞文化欄を見ると龍さんへのインタビューが。「小説は虚構だけど、現実を超えるようなリアリティーで読者を圧倒したかった」「今回の最も大きな賭けは、北朝鮮の特殊部隊の兵士の視点を含めて、複眼的に書くことだった」「日本社会では50歳を過ぎると成熟と余裕が求められる。趣味的な世界とか洗練とかと、まったく違う作業がしたかった」龍さんの目論見は、少なくとも私には大当たりです。


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