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庭を歩いてメモをとる

おもしろいことや気になることのメモをとっています。

paul mccartney driving japan 2002 - 11月11日(東京公演初日)

ホテルにて

ついにやってきたこの日。9年ぶりに日本でポール・マッカートニーのライブが行われる日です。

今日の最初の予定は、ポールが宿泊しているホテルでファンの友人二人とお茶をすること。もちろん、「あわよくばポールやバンドメンバーを見ることができたら」という趣旨です。ただ、昨日にホテルに行った知人によると、ホテル側の姿勢は大変厳しいもので、宿泊している追っかけファンに対しても「(追っかけをするのなら)宿泊していただかなくて結構です」と言い放つほどだったとか。9日の成田でポールとヘザーがもみくちゃになったことから警戒心を強めているのでしょうが・・・多少の緊張を感じながら、地下鉄江戸川橋の出口で待ち合わせ、タクシーでホテルに向かいました。

15時前、ホテルに到着。ロビーでは、93年の某ホテルでもお見かけした「同志」のお顔があちらこちらで見られました。


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とりあえず我々は当初の予定通り、ロビーに入ってすぐのラウンジで紅茶をオーダー。窓の外には、都心とは思えない緑豊かな庭園が広がりますが、そちらには背を向け、ロビーの方向に体が向くように椅子をセットしなおしました。

雑談に興じつつしばらく時間が過ぎた頃、15時40分頃ですが、にわかにロビーがざわつき始めました。お茶も楽しみ終わったところなので、会計をすませロビーに出てみると、ポール以外のバンドメンバーが続々と登場。即、ファンがアプローチし始めましたが、メンバーはみな一様に笑顔でサインや写真撮影に応じています。いい人たちなんだなあと思いながらも、突然のことで(人が現れるのは常に突然なんですけど)私は緊張でロビーの片隅から動くことができませんでした。

そのとき、一緒にお茶していたNさんが言ってくれました。「サイン、もらってきたら?うちわもあるし、これにしてもらったらいいよ」はっと我に返りました。そう、今、手元には、今夜ライブでポールにアピールするために使おうと思っているうちわがあるのです。意を決して、キーボードのウィックスに近づきました。バンドメンバーの中で唯一89年からポールのライブをサポートし続けていることと、私が以前キーボードを弾いていたことがあって、バンドメンバーでは彼に一番思い入れがあるからです。

ウィックスには、既にアプローチしていたファンの方がいらっしゃいました。その方にツーショット撮影を頼まれたのでそれに応じ、その次に話しかけることに。恐る恐るサインをお願いすると、しっかりこちらを見て笑顔で"Sure!" やっぱりいい人だ・・・。

このときはホテルの従業員の方も特に制止はしませんでした。昨日まではサインなんてとんでもない、という雰囲気だったそうですが、日によって変わるのでしょうか。


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ウイックスのサイン。バンドメンバーのサインはたくさんの人がもらえたようですね。


グッズ売り場

ポールは、バンドメンバーとは別にロビーを通らずドームに向かったようです。となればこちらも同様に、少し時間は早いけどドームへ行くことにしました。

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ドームに着いて最初に向かったのは、グッズ売り場。16時半頃、開演の2時間以上前ですが、既にけっこうな長さの列ができています。見ると、グッズの種類が相当多い。93年の比ではありません。とりあえず並んで、パンフレットとネックホルダーなどを買いました。

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The Red Mission

しかし、開演前にはもっと重要な予定があります。友人が企画してくれた「赤T作戦」です。これは、赤い13着のTシャツにそれぞれ「P」や「A」などの白いアルファベットをプリントし、13人で着て並んだら「P-A-U-L-M-c-C-A-R-T-N-E-Y」になるという、はたから冷静に見ると相当イタいのでしょうが、その辺を気にしなければかなり愉快?な企画です

発端は、せっかくのライブをお祭り気分で楽しみたいという遊びの気持ちと、あわよくばビデオクルーに撮影されてライブビデオにちょっとでも収録されないかなあというささやかな目論見でした。とはいえ、けっこうな思いきりもいるこの企画。思いついた友人は、これを告知するときは他の友人にも相談しつつ、恐る恐るだったといいます。ところがふたを開けてみると予想に反し、あっという間に13人の希望者を集めたのでした。私も話を聞いて即参加を決めました。

その13人が、ドームに集まりつつあります。月曜日ですから仕事を終えてから来る人が多く、なかなか全員が集まりません。それでとりあえず来た人からTシャツを着て待っていると、やはり目立ったようで、なんとTV局が取材に来ました。何の集団かと訊かれたので趣旨を説明すると、面白いので取材したいとのこと。でも全員揃うのが開演の直前だとわかると、じゃあ終演後来るから、という話に。驚きつつも、友人達との話題は「この調子でポールサイドのビデオクルーの目に留まらないものかなあ」。結局そっちしか考えていない私たち・・・

開演直前、無事に全員が揃い、簡単に記念写真を撮りました。時間がないので、また終演後に集まろうねという予定だけ決めて、各々がドームに入場します。さあ、ついにポールを見ることができる!しかも、友人のおかげで前から2列目のほぼ中央・・・緊張は最高潮に達しました。


Live at Tokyo Dome

ドームに入場、アリーナに降り、席を目指します。今まで、行きたくてしょうがなかったけど行けなかった場所に歩いていくのは、少し怖いような感覚もありました。たどり着いた「前から2列目、ほぼ中央」。着席すると、嬉しさよりも、ほんまかいな・・・という信じられない気持ちが先行してしまいました。ふと我に返ると、エリック・サティの「ジムノペティ第1番」が流れていました。

そうこうしているうちに、プレショーが始まりました。いよいよだ。ライブに関する情報は意図的に遮断していたので、いつポールが出てくるのかはわかりません。どんな登場の仕方をするんだろう。とりあえずどきどきしながら待ちます。十数分後、いいかげん出てきてくれと思ったいいタイミングでギターのディストーション!ポールのシルエット!なんてかっこいい登場の仕方だと震えているのもつかの間、ポール登場!あまりの近さに本当に息をのみました。そして"You say yes..."最初から、完全にポールマジックにノックアウトされてしまった。

最初に感じたのはとにかくポールの声がよく出ていること。90年/93年はいったい何だったのかと思います。噂には聞いていましたが、ここまでとは。単純にいい歌が聴けるのも嬉しいし、ポールの声がよみがえったという事実そのものがファンにはうれしいです。そしてバンドのいい意味でラフな演奏。オリジナルを大事にしながらも全くのコピーでもない微妙なバランスを保ちつつ、若々しい音を放出していました。そしてポールのショウマンシップ。彼がライブを楽しめる場にするための努力を怠らないのは毎度のことですが、今回は特にそれがすごかったと思います。リアルタイム通訳字幕だって、日本語と英語の語順の問題もあってよく機能していたとは言い難いけど、お客を楽しませたい、お客とコミュニケートしたいというポールの意欲が伝わってくる仕掛けと言えると思います。まさにプロ中のプロの仕事。総じて、一曲一曲に新しい命が吹き込まれてよみがえったようなライブでした。

しかし、それはともかく、これほど前の席だと、音楽を楽しむのと同時に(いや、それ以上に)、ポールと直接コミュニケートしたい、わかりやすく言えば目立ちたいという気持ちが爆裂してしまうものですね。一緒にいた友人4人もみなそうだったようです。とにかく、ポール一人に視線を送り、たまに視線が合えば狂喜する。その連続。今まで、視線が合うことなんて夢でしたから、仕方がないと言えば仕方がないのですが、本当にポールを見ることに集中していました。実はこの4人で、「P-A-U-L」それぞれのアルファベットが書いてあるうちわ(Wixにサインをもらった「P」うちわがそれです)を持って振りました。まるでジャニーズ系のコンサートのようですが、これがけっこう目立ったようで、なんとポールに指さしてもらうことができました!この時はもう完全に我を忘れてしまいました。ポールとほんのわずかでもいいからコミュニケートしたいという私の以前からの願いが叶った。ちょうど9年前はポールの網膜に映った(と思われる)だけでしたが、今度は目と目が合って、リアクションももらったわけで・・・本当にうれしかった。そんなわけで、この2時間半はものすごく興奮し狂喜した反面、音楽はあまり耳に入らず、初日で全てが終わってしまったような気にもなってしまいました。実際は後日、夢にも思っていなかったことが起こるのですが、このときはもちろんそんなことは知る由もありません。


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ふったうちわの裏はこうなっていました。


(一緒にうちわをふっていたMさんのブログはこちら)soundtrack.exblog.jp



After the Ball

あっという間の2時間半(1時間くらいに感じた。メドレー除いて35曲なんて信じられない)が過ぎた後は、脱力してしばらく椅子に座っていました。規制退場で、ほとんど人がいなくなったドームを出、「赤シャツ隊」の待ち合わせ場所である22ゲート付近に向かいます。近づいていくと、どうも既に私たち以外のほとんどのメンバーは既に集まっている様子。で、「おうい!早く!」とみんな怒号に近い声で私たちを呼びます。何事かと思い走り寄ると、テレビカメラがこちらに向いています。しかも2台・・・本当に取材に来たようです。私たちが来て全員揃うのを待っていたのです。急いで着替え、みんなで「P-A-U-L-M-c-C-A-R-T-N-E-Y」を作ります。その直後、Tシャツを着ていない友人Yさんが、「さあ、何を歌おうか、"Hello Goodbye"は?」と言った直後、合唱が始まりました。知らないうちに集まったギャラリーのみなさんも一緒に歌ってくださって盛り上がります。しらふだと公衆の面前で歌を歌うなんてできないことですが、このときは面白くて楽しくてしょうがなかった。そのうち、見知らぬ外国人青年がやってきて踊り始めるまでになりました。締めくくりは、今し方聴いてきたライブバージョンで。ほんの3分ちょっとの出来事でしたが、ライブの余韻も手伝って、実に楽しい「祭り」になりました。

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Reuter Tokyo 2002年11月11日ネット放送画面より引用

さて、ライブと「祭り」でのどを枯らせた後は、のどを湿らせたくなるものです。この点でも、友人がぴったりの企画を用意してくれていました。ドームを出た後の待ち合わせ場所兼ポールのライブの余韻を味わう飲み会。「1.5次会」という位置づけです。JR水道橋駅近くの中華料理屋さんが、ご厚意で普段使っていないフロアを貸しきりで提供してくれました。

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会場に入ると、既に30名くらいの人たちが集まっています。ネットで知り合った友人たちだけではなく、その人たちがまたさらにその友人を連れてくる形式なので、いい意味で雑多に盛り上がっています。私の友人も、93年のポール・メルボルン公演で知り合った方々と、イギリス研究会のメンバーの一人が来てくれました。ポールのライブの後、同じファンの人とそのライブについて語り合うことも以前からの願いでしたが、それも今夜叶いました。それに加えて、久しぶりの友人にも会えたわけで、とても思い出深い飲み会になりました。幹事のTさん、Aさん、どうもありがとう。

この飲み会ではいろんな話をしましたが、妙に感動したのは、席について、"Picasso's Last Words"の"Drink to me, Drink to my health"の部分を唐突に歌ったときの反応。近くの数人が一緒に歌ってくれたのです。普通の飲み会ではあり得ないことなので(当たり前だ)。

そんな調子で、この会も23時過ぎに終了、その後は残った10名ほどのメンバーと他の居酒屋へ。結局2時半頃まで飲みました。ホテルを水道橋にとっておいてよかった。それにしても、初日からこんなに濃くていいのだろうかと感じた一日でした。